70年ぶりの里帰り

昨夜の荒れた波打ちが嘘に思われるほど平穏な水面を眺めながら、私たちは犠牲者たちが70年ぶりに故郷へ戻ることとなる朝をむかえました。

ご遺骨とともに韓国の地を踏むまでは休めないと思っていた参加者たちも、釜山についてやっと安堵の気持ちを味わうことができました。

70年も忘れられていたご遺骨の里帰りが、現在の私たちの心情をどれほど揺らがしているのかは、釜山の港でご遺骨を待っていた幾多のカメラのフラッシュが知らせてくれました。

犠牲者たちの里帰りは、海の両側の人びとにとって、とても待ち遠しかったのでしょう。
釜山では現在の港と、犠牲者たちを送っていた昔の港の跡地で鎮魂祭が行われました。
白いハンボクのムダン(韓国の巫女)たちの、かなしみの染み付いた踊りをながめながら、私たちは韓国にたどり着いたことを実感しました。

鎮魂祭の余韻に浸りながら、私たちは再びソウル行きのバスに乗りました。
所々で警察の護衛を受けていたにもかかわらず、私たちは1時間も遅れてソウル市中心部にある聖公会ソウル主教座聖堂に着きました。
70年の歳月に比べれば1時間はあっという間に感じられたのでしょう。聖公会の神父たちは犠牲者を追悼するミサをひらき、遅れてしまった里帰りを追悼してくださいました。

ミサのあと、ご遺骨は聖公会の納骨堂で仮安置されました。
仮安置であっても、70年ぶりに韓国の地で眠れたことが、犠牲者たちにすこしでも安らぎとなってくれたらと願いながら、私たちは韓国での初日を終えました。

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